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        1年ぶりかなー😎
        2022/08/27
        1年ぶりかなー😎
        エネルギーが上がる人と付き合って、
        エネルギーを奪うやつからは一刻も早く離れる。


        これをしないと、うまくいくものもいかないようになる。


        よく言われるけど、これが鉄則中の鉄則。


        自分が良い状態じゃないと、
        うまくいくわけないどころか、
        すべてが手詰まりになって、
        ぜんぶが悪いように転んでいくからね。

        それを体感した1年やった。



        ほんとうに環境は大事。大事。大事✨


        私が、1年間、苦しみ抜いたこと。それは、
        このエネルギーを奪うやつっていうのが身内だったから。
        さらに、その人がガンになったことで、
        私が、苦痛の聞き役に徹するようになったことで、
        急激にエネルギーを使い果たしてしまった。


        他者のエネルギーを奪う人は、自覚なくそれをしていて、
        それをしているのが当然というくらい自然にやっているのに飲まれて、
        こちらも、めっちゃ辛かったのに、
        自分が倒れるまで我慢し続けて聞いてしまったということがあった。

        相手が身近で大事な人だと思っていたから、
        その苦しさに甘んじるみたいなことになっていたのね。

        倒れて、肉体的にも精神的にも病気になって、
        幻聴きいたり、円形脱毛になったりもするようになって、
        「私(の方)がガンになって早く死ねますように」って祈るようにさえなってて🤣
        ハッとした。

        相手にとっての私は、
        苦悩を吐き出すための便所代わりだったってこと。
        それに気づかず、当然として受け止めようとしていたこと。

        そりゃ、私にはキツいに決まっている。
        エネルギー的うんこ飲み込もうとしているのと同じやからね。


        便所代わりにしてるでー、私はそれをされたくないんやでー
        ってことを、もはや指摘もできないくらいになってたんやね。
        だから、このままなら殺される…って身の危険を感じるほどだった。

        こう言うのを、依存関係っていうんやね。

        依存は、断じて愛ではないから。
        加えて、本当の優しさでもないから。

        聞きたくないって表明するのは、
        たとえ相手が大事な人であっても、相手が病気であっても、当然の権利。
        それなのに、私自身も、聞いてあげなければと思って、
        自分を縛っていたので、苦しむことになってた。

        苦悩を吐いて、ちょっとでもスッキリしたければ、
        身内ではない人、あるいはプロのところにいくべきと、強く強く思う。
        身近な人を、本当に大事に思うなら、こっちが当然。


        プロの精神科の先生、カウンセラーの先生は、
        傾聴することに特化し、訓練されたプロ。
        だから、ちゃんと聞いてくれる✨✨
        解決自体は、つまり決断は、自分しかないけど、
        その過程で「聞いてもらう」のが大事だと思えば、
        それは身内ではなく、プロがいる。

        本当の意味で、病気を治すのは自分しかないけど、
        お医者さんが、その手助けを最大限やってくれるのは、
        内科の先生でも、精神科の先生でも同じです。

         †

        深夜、目をさました瞬間があって、
        お布団の上でまどろみながら、

        なぜか、
        「私から、こんなに恨まれて、
         相手は、悪気なく(自覚なく)やっていただけやのに可哀想やな」
        と、ふと思った。

        それで、わたしの中に、相手に対する
        黒い「怨み玉」みたいなものがあるな〜って気づいた。

        この玉は、もういらんわ。
        持っているのもしんどいわ。

        って、手を離そうとしたとき、
        「きゃっ!こわい」

        って思った。

        何が怖いの? と自問したら、

        「これを放したら、またあの人と付き合わなあかんかもしれんのが絶対いや」

        と、答えが出てきた。


        なるほど。
        恨みを手放せない理由が、ここにあった。

        恨みと、付き合うことを、ひっつけて考えていた。

        恨むほどではなくても、
        付き合いたくないという単純な理由から、付き合わなくてもいいんや
        って思った。

        まあ、単純に、付き合うことをリアルに考えただけでも
        吐き気が襲うし、発熱もするので、
        どっちにしても無理ではある。


        要するに、もう、それくらい「懲りて」
        嫌いにまでなってしまっているのは、
        今のわたしの偽らざる状態なのやから、

        それ以上に、恨みを募らせるのは、
        妥当ではない(笑)と、冷静に思えた。

        それで、苦手にはなってしまったけど、
        それはそれとして、
        幸せ自体は祈れるな〜
        って心境にまで、なった。

        むしろ、離れたからこそ祈れるなぁと。


        お世話になった人であるのは確かやから、
        直接のお世話はぜったい無理でも、
        別の形の、触れ合わないサポートをかんがえようとは思う。
        今のところ、経済的なこと以外は考え付かんけど。

        経済的なことについても、実は、この個人的大惨事🔥で
        私が仕事も何もできなくなってしまった。
        だから、昨年は周りにもめちゃくちゃ迷惑をかけた。
        そして、婉曲に夫にも影響を及ぼしてしまったから、
        実は、冬に破綻寸前までいったんやけど、
        いろんな方々、プラス公共のものにも助けられて、
        奇跡的に持ち直すことができたのです💫


        こだわりを捨てて自分に優しくすることができれば、
        世界は優しい✨✨


        これからは、身内だからこうあるべき とか、
        時間とか、お金とか、
        そういう「こうあるべき」という枠を、
        着実に外していこうと思う。

        わたしの古くて錆びついた枠外し。


        人は「こうあるべき」に苦しむ。
        それを自分に課せて、
        さらに嵩じると、他者にまで課せて、
        やってくれないと言って、
        苦しみをもっと深める。
        別に「その人」じゃなくてもいいのに。

        何世紀にも、何百年にも渡って当然としてきたそんな常識。
        自分を苦しめてでも親に奉仕せよとする美徳感。

        そんな自分と人を縛る古い在り方から
        もう、人は自由になっていい。
        まずは自分が、幸せになっていい。



        エネルギーヴァンパイアが身近にいて、悩んでいる人のために。
        まずは、離れること。やっぱりこれが鉄則。
        嫌われてもいい。絶縁になってもいい。
        自分を本当に救えるのは、自分しかいない。
        じゃないと、あなたが病気になる。

        ※写真:お菊井戸(姫路城内)
        1年ぶりかなー😎