掌篇*完璧に美しい女
2021/10/01
小川のほとりにしゃがんで、キラキラ光る水面をぼんやり眺めていた時だった。
僕のとなりに、アンドロイドのような完璧な美しさを持った女が並んで座った。
完璧に美しい女は僕を見て微笑んで言った。
「今度遭ったときは、私に何をしてもいいわよ」
そして、彼女は森の中に去っていった。
あれから僕はほとんど毎日、この小川のほとりで、女に遭えるのを願った。
もし彼女に会えたら、どんなことをしようかと、あれこれとしょっちゅう考えた。
それは恋というのとは、少し違った気がした。
女は言ったのだ。どんなことをしてもいいと。
四十五回目に、女は、僕の隣に座った。
僕は、女を家に連れて帰り、もちろん、彼女を自分のものにした。
そして、決して外に出るなと言った。
アンドロイドのような美しい女は「わかった」と答えた。
僕は好きなだけ女を抱いた。
女は三度妊娠して、僕は責任を取らなかった。
子供を産むときだけ、女が森に帰るのを許した。
子供がどうしているのか、僕は聞いたことがなかったし、女も言わなかった。
そうやって、女と何年も交わっていた。
ある時、風呂から上がった女を改めて眺めると、下腹に傷跡があった。
聞けば、盲腸の手術の痕だった。
アンドロイドの美貌に、手術の痕なんていらない。
僕は、だんだんこの女がうっとおしくなってきた。
「森に帰れよ」
僕は言った。
「私に何をしてもいいけれど、それだけはできないわ」と女は言った。
頭にきた僕は、女を鉄の棒で殴り殺した。
女は抵抗しなかった。たぶん、何をしてもいいからだろう。
彼女はすべてを許した。でも、そのことに僕は気づかなかった。
大汗をかいて、肩で息をしながら、目覚めた。
そこで僕ははじめて、自分が何をしてしまったかに気づいた。
僕は女のために泣いた。泣けて泣けてしようがなかった。
女に逢いたい。
完璧に美しい女の、たった一点の盲腸の手術の痕が、今はもっとも愛おしく思えた。
次に逢ったら、僕は女の手術痕にキスをしよう。
毎日毎日抱きしめて口づけよう。
そして、産み落とした三人の子供を育てよう。
僕の腹に、女神を吹き込んだその女に三たび逢うために、
僕は六百五十回生まれ変わることに決めた。
その日まで、決して裏切ることがないように、僕はペニスを切り落とした。
そしてそれを女の元々の夫だった月の神に託す。
僕は捜す。あの娼婦を。
僕は捜す。あの聖母を。
(完)