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        シンプルな気づき(探究の終わりについてのつれづれ5)
        2021/10/12
         シンプルな気づき(探究の終わりについてのつれづれ5)
        2015年11月13日

        探究の終わりについて、(だれにも頼まれていないのに…笑)思いつくままに書いているシリーズ。 あと2回ほどで、現段階で思いつくことは、とりあえず終了できると思う。^^ どなたかの探究生活の一助になれれば、とてもうれしいです。こんなこと言っては不遜ではあるが、このブログ、早く終わりたくてしょうがない。(^^;) 人に頼まれたわけではないので、尻切れとんぼであっても、どなたにもご迷惑はお掛けしないわけですが(笑)、にもかかわらず、私は、これを書きあげ、悔いなく終わりたい…と考えている。

        今回は、衝撃の気づきとシンプルな気づきと気づかない気づき ということについて。

        Pさんとのやりとりの中で、ときどき話題となることが、先日のブログ記事でもお話されているように、

        「認識のシフト時や、その後の過程において、何も衝撃的な体験や変化を感じることなく、そういえば気がついたら変わっていた・・・という人も少なくないようだ。」

        ということ。

        これからはドンドンとこういう人達が増えて、世界の雰囲気が変わっていくのではないかと思っている。

        幼い子ども達を見ていると、ときどき「この子ら、知っとるなあ」と感じることがある。子供らとの触れ合いの中で、自分の幼い頃を重ね合わせて、「わかっていた」感覚が蘇ってくる人もいるのではないだろうか。私も、チビと遊んでいると、周囲の現象と自分を分けていなかった頃の、寛容でクリアな感覚をふと思い出すことがある。

        現実に揉まれているうちに、しだいに忘れてしまうのだが、それでも、まだティーンエイジャーの頃は、そのはざまで、揺れ動く。

        高校3年の長女などは、お年頃でもあるし、私がこういう類の話をすると、どちらかと言えば、うっとおしそうな顔をするナマイキなコムスメで、「そんなんはええし、こっちの問題を解いてくれ」という感じではある。彼女の「そんなんはええし」というのは、「そんなんはわかっている」ということで、それが現実的な解決とつながっていなかったら、「ママってアホちゃう?」になるわけである。それでいい。まったく健全に育っていて、ママは安心。(笑)

        幼い頃、父と母は世界で一番賢くて何でも知っていると思っていた。それが、父も母もフツウで十人並み(笑)ということを、ティーンエージャーの頃には「知っていた」。(まあ、「十人並み」であっても、子供にとって父と母はいろんな意味で「特別」ではあるよ、もちろん)

        サンタクロースの存在も然り。いつのまにか美しいファンタジーから覚めていた。(現在は、ボンのためにファンタジーを作ってあげているが)同じように、世界の(=自分の)在り方と理解についても、「いつのまにか」ということは、ひょっとしたら、よくあることかもしれない。

        その人にとって、至極当たり前のことなら、わざわざ人に言わないので、「いつのまにか、気づいている」ことは、ある意味、門外不出である。(笑) そして、山あり谷ありの人生であったとしても、日々満たされて過ごしているということは、全くありえる。だれにも知られず。

        気づき後、一夜にして性格や性質の大転換が起こる場合の方が、実際はずっと少ないのかもしれない。

        また、その逆で、気づきによって性格がガラリと変わってしまう人もいる。 気づきの際、なにかの化学反応?で、至福、法悦体験があるなど感情が強く動かされてしまうと、性格?に変化をきたすことが多いような気がする。

        シフトの衝撃が激しい人はしばしば、その気づきを「伝えねば!」という気持ちが生じやすいようで(←経験済み…(笑))、そういう人ほど、当然、声が大きくなるので、「悟り」に関して一般に耳に入ってくる情報というものに、一種の「傾向」が生まれているように思う。

        実際は、それは単に「発見」。(厳密に言えば「再発見」)

        至福感や、無上の喜びのような強い感情が伴ったりする場合以外は、発見自体は予想に反して淡々としている。認識の変化も淡々と起こる。

        ところが、公で活動している人や関連の本などから、そのように聞く機会は少ないように思う。先ほど言ったように、活動しようという動機は、たいていの場合、大きな喜びと衝撃に裏づけられることで発動することが多いからだ。自然にそれを認める人は、淡々と「事実」を見るだけで、「ああ、そうか」で完結(笑)してしまうので、外への衝動が起こりにくく、それどころか元々の控え目さでもって「私なんかが…」と感じてしまう場合も多々あることが考えられ、したがって、そういうタイプの人の話を聞く機会はめったにない。

        だから、前者の使命感をもった人達が複数、伝達者ならではの、ある傾向を持って伝えると、それを聞く人は、その傾向でもって「悟り」というものを捉えてしまう。聞いた人はその傾向を知らず知らずに分析して、「認識がひっくり返る≒サトリというのは、こういう出来事であるはず」というファンタジーが脳内にできあがってしまい、自分がそれにピッタリと当てはまっていないと、「これではない」という判断を下す根拠となってしまう。

        だから「発見」しているにも関わらず、それを認められないという自体も起こりうる。うそみたいだけれど。

        発見しても、その衝撃が薄いと「いやいや、こんなもんじゃない。まだまだだ」とか。(笑) そうやって、せっかくの発見を無視して探究道に再び舞い戻ってしまうのだ。もう、無限地獄。(^^;)

        私も2度目の気づきにあたる「空観」を知ったあとは、着陸(!)をミスしてしまいかねないものがあったように思う。(笑) そんな時に、ある方(@バレバレか…(^^;))から言われた 『「知る必要があることがまだある」「まだ究極のところがわかっていない」という思考が湧いて来ているだけであって、本当は全て目の前の「これ」しかないですから…』 という言葉に、改めて本質にはっと気づき、力を抜くことができた気がする。

        ああ、危なかった〜。罠にひっかかるところだったじぇ、と。(^^;)

        それがわかると、衝撃があろうがなかろうが、すべては自動的に進む。(のがわかる)。洞察はその後も深まり続ける。そして、手放す。ただ見る。

        「その程度の自覚じゃあ、ぜんぜん気づいていないんとちゃう?」と思う人がいたら、それはほんまにわかっていないと思う。(←ややこしい…w)

        だいたい、サトリなんてユートピアが世界のどこかにあるわけではなくて、覚者に起こったという「それ」すらも、けっきょくのところ彼の「物語」の一部なのに、勝手に特別視している我々は、彼の「物語」は悟り体験で終わって、「新しい境地」に住んでいるのだと、そんな期待を抱いて彼を見上げている。……ちゃうちゃう、それも物語の一部 なんだって!(笑)

        その観点でみれば、あなたの「発見」も、実際のところ物語から抜け出るわけにはいかず(解釈は変わるかもしれないが)、あなたの物語のある章にすぎないのだから、まだまだと思って探究道に戻ってしまったら、そういう解釈の物語を生きるだけのこと。

        気づき なんて、「あれぇ?こんな簡単なことに、なんで気づかんかったんやー?!」というくらい単純なものなので、衝撃が薄かれど、別に何も気にしなくていい。安心してまた暮らしに戻ればいい。あとは、必要なことが、日常の中でひとつひとつ起こってくる。洞察は放っておいても、日々、じわりじわりと深まる。

        (考えてみれば、このことも、発見前も後も変わりはしない…)

        爆発的な衝撃を伴った気づきの場合は、それがドカーンと胸に響いているので、響いている間は余韻で楽しめて(笑)、余韻が去っても、「私は気づいちゃった人」という自己イメージを抱いていられる。時間が経って、すっかり日常に戻ったとしても、その自己イメージでその後の人生を生きることができる。

        衝撃のないシンプルな気づきの場合は、目からウロコではあるけれど、一瞬「ハッ」とするくらいで終わることもあり、余韻がほとんどなくて、すぐに日常に戻れる。これは、考えてみれば、すごい利点だと思う。なぜなら爆発的衝撃を受けた人は、衝撃の余韻の間、なかなか日常に立ち戻れず、気づきの瞬間は過ぎ去っても、長いことその発見に執着し(余韻を引き摺り)、厭世的に引きこもる人も多いようだ。(私の場合も、特別厭世的にはなりはしなかったけれど、余韻(≒至福)が抜けて行くことには激しく抵抗した)

        しかし、シンプルな気づきの場合、「ああ、そうだったか」…で、健全に日常に戻れる。(^_^) これは、地上に生きる人として、すごく素敵なことだが、何ぶんシンプル過ぎて、それまで本質探究をがんばってやっていた人ほど、サトリに対する幻想をあれこれ抱いている場合が多いため、「これごときをサトリとは呼ばぬ」という想念が生み出され、そっちの思考に引っ張られる。そして、まんまと元の堂々巡りの探究道に戻ってしまう。 (まあ、それもこれも含めて、全てがその人にとっての最善の招きの道ですね。^^)

        (話がだいぶん飛んでしまうが) 勝手な推測だけど、特に日本人というのは、そういう気質(でしゃばらない、控え目)の人が多い気がするので、目立たず、静かに、多くに馴染んで暮らしている場合が多数だと思う。 そして、このこともまた、丸い地球の、この小さな島の上の現象として、理に適っているのかもしれない、などと思える。日本からの発信というのは、天に(外に)向けて発信するものではなく、地に響かせるような類のもので、大声を上げるより、自らの内へ内へこもり、沈黙することで、ひたひたと目に見えぬものが伝播する。そうやって、声に出さない 何か で世界が知らず知らず「ジャパナイズ」されていく。

        こんな書き方をすると、一見、ザ・ニッポン神聖視的ナショナリズムの論かと誤解を受けそうだが、そうではなくて、これは世界を巡るの精神の「循環」の役割の話。葉っぱは光合成をして二酸化炭素と酸素に還る…みたいな。

        日本もまた、世界中のものを受信する。そして一種の「アメリカンナイズ」されていく。またそれらを自分ら流に変換させ、それが地面に浸透して、地球の裏≒世界に送られるのだ。そうやって、グルグル循環させて、地球の精神というか魂の何かは動き続けているのではないかと。
         シンプルな気づき(探究の終わりについてのつれづれ5)
        感謝という成仏(探究の終わりについてのつれづれ4)
        2021/10/11
         感謝という成仏(探究の終わりについてのつれづれ4)
        2015年11月12日の記事

        実は別の記事を書きかけていたけれど、昨日のPさんの記事を、就寝前にお布団の中で読んで感動して、私は、大事なことを「抜かしていた」ということにハッと気づき、別の記事はほかして、この続きを書こうと思う。

        ここで、しつこく何度も書いていたように、探究生活が永く孤独で厳しいものであっただけに、今、振り返ると、何も「永く孤独で厳しいもの」である必要なんかなかったと思って、私は自分のかつての探究生活全般を否定していた。 そう言うことで、今苦しんでいる人がいるとしたら「そんなんせんでも大丈夫」と励ましたかったと同時に、私自身も、かつての苦しみを成仏(笑)させられるような気持ちでいたのだと思う。

        でも、Pさんの記事を読んでいるうちに(≒記事の放つ何かを感じているうちに)、「ああ、永く孤独で厳しい探究であることも含めて、私は導かれていたのだ」とわかり、初めて、本当に初めて、自分のかつての探究生活に感謝ができた。

        抜かしていたことは、「感謝」の2文字。 そして、昔の探究に嫌悪を感じていたことに、こころから謝罪した。嫌がってごめんなさい。

        運命は、私に「その経験」をさせる必要があったから、それをさせてくれた。なぜかはわからなくても、とにかく、永く孤独で苦しむという思いを心に湧かせることも、私の大切な「道」の一つだったのだ。 それなのに、その厳しくも強い愛を受け止めきれずに、ブータレてばかりいた。(^^;) ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。 私を否定して、私よ、ごめんなさい。

        だから、探究で苦しんでいる人がいるとして、今の私が彼に励ましの言葉が言えるとしたら、ただ一つ。「大丈夫、あなたは招かれている」

        そう、今、どんな道で、あなたがそれをどんなふうに捉えていたとしても、それは、運命が招待していることそのもの。 そこを通りなさい という 愛そのもの。それで大丈夫、招かれているから。

        気づきがあって、今の自分を丸ごと認められるようになってきたけれど、「過去の」自分にまで気持ちが及ばなかった。 たぶん、「今、この瞬間」の自分が認められたら充分と思っていて(まあ、もちろん、それでいいのだが)、過ぎたことについては、なんであれ生ゴミに見えていたけれど(^^;)、そこに感謝できたとたん過去は輝き、去ってゆく。ああ、これがほんまの成仏 やったんや。

        過去は生ゴミというのは、過ぎ去ったものを留めておこうとしたりして、無理やり引っ張り出すと、実はもう腐っていた(=生ゴミ)ということが言いたかったのだが、そのまま感謝で、本当の意味で「過去」になるのだとわかった。

        …そんな深夜であった。 Pさん、素晴らしい記事をありがとうございました! そして、運命の女神よ、大神よ、すなわち、ワタクシよ!ありがとう、ありがとう! もう、感謝 しかない。
         感謝という成仏(探究の終わりについてのつれづれ4)
        先生、師について(探究の終わりについてのつれづれ3)
        2021/10/10
         先生、師について(探究の終わりについてのつれづれ3)
        2015年11月11日の記事

        昨日、書いたような行程は、飽くまでも私の場合であり、目の前の地平への私の向かい方。当然、人にはいろんな役割があり、ある程度のフォーマットやパターンを「変わらず」伝えていくというタイプの人々は、今の世界には絶対必要だと思う。この「変わらず」というところが愛 なんやろなあ。

        小学校がなくなったら、学ぶべき場をなくした6才から12才の子供らがたちまち町に放り出されてしまう。それと同じく、迷える仔羊さんらが世界に溢れないように、常に「同じそれ」を伝え続ける人は必要だ。また、「同じそれ」も個人によってツボはさまざまなので、「さまざまなバリエーション」があるに越したことはなく、だからこそ多くの先生がおられるのは素晴らしいことだと思う。

        私は特定の師というものを持たずにやってきたけれど(まあ、もちろん好みの人の本を読む程度のことはしたことありますよ)、近ごろ、噂?を聞くことがちょっと増えて、本当に先生という存在はすごいなあ、大変やなあと思わずにはいられない。 先生というのは、自分を踏み台として差し出せる人のこと。生徒が卒業する時に見送れる人。弟子が自分よりも飛躍することを祈れる人、それを喜べる人。 考えてみれば、これは育児と同じだから、わが子に向けるような成熟した深い愛情がなければできない仕事。弟子の船出に嫉妬してじゃまするような幼稚な先生では目も当てられない。

        私は、何年か前に、ブッダの「五戒」についてのお仕事をいただいたことがあり、その時は、悟りを開いて自由なはずのブッダが、どうして不自由な戒律を決めたのかが理解できなかった。(実は、五戒だけではなくて、その後、弟子たちも含め、びっくりするくらいたくさんの掟が作られていることについてはご存知の方も多いのでは?) まあ、二千年以上前やから、そういう殺伐とした時代やったんかな? くらいしか思ってなかった。

        今、私が勝手に思っていることだけれど、五戒ってある程度は必要やなあ〜ってこと。 「気づき」があると、あるがままの状態を丸ごと認めることをいとわなくなる。それが自分を開放してくれて、それがとっても素敵なんだけど。

        中には、認識が変化したとたんに、その衝撃から、人格までも変わってしまう人がおられるようだ。そこのところも、よーくわかる。私自身も、少女期の至福体験によって、世界が「愛」でできていることを理解し、その瞬間から「嫌いな人が世界に一人もいなくなる」という信じ難い(笑)精神状態に5年ほど包まれていたことがあった。

        でも、この初夏に起きた認識のシフト(Pさん=momoさん いわく「空観」の気づき)は、あまりにもシンプルな「まんま」の気づきだったので、衝撃がある意味少なくて、人格や性格への影響ということがまるっきりなかった。(笑) そのままの自分を、ただただ容認できる器?の方が主導するようになっただけ。

        これはどういうことかと言うと、気づきがあっても、今までの性格が、その後もまんま踏襲されていくことを意味している。今まで疎ましかったちょっとした自分の「歪み」は、むしろ愛おしいくらいなので、歪んだまま(笑)、当面は「持ち歩く」。 (ただ、丸ごと認めることで苦悩がなくなり、それによって古いクセのあるプログラミングはゆるゆる解除されたり、変化していくものはあると思う) だから、たぶん、ブッダとその弟子たちは、気づき前の生き方として「五戒」を定めたんやないか…などと(勝手に)考えている。

        五戒の中には「殺すなかれ」という意味の「不殺生戒」というものがあるが、それを、あらかじめ性格として定着させることには、おそらく「その後」にこそ意味を持ってくるような気がする。

        以前に記事でも書いたが、私のように、憎いと思う人がいた場合は、ちょっとよろしくないことが起こりうる。「不殺生戒」ではなく「なんでもアリ」という考え方を強く持っていた場合、空観の気づきによって開放された瞬間、何をしでかすかわからない自分が主導してしまうかもしれない。 私が、イメージの中で、‘そいつ’を「悪気なく」ぶっとばしたように。(もー、しましぇんよ〜(^^;))

        Pさんも、空観の気づきだけの場合「やっかい」と書いておられるが、それはたぶん、こういうリスクのことにも当てはまるのではないだろうか。

        …なんか、いろいろ書きましたが、そんなこんなのリスクも含めて腹をくくっておられる、サトリ系の教師という人々は、ほんますごいなあ、たいへんやなあと思う。

        私は現在、個人の気づき というところで分けたくないという思いが強く(=それに気づいた人、気づいてない人 というような)、それはたぶん、ずっとそこに重きを置いて探究してきた反動のようなものも大いにあるのだろう。何べんも書くが、その思い込みによって、ずいぶん苦しんだから、私としては、そこで苦しむ人を作りたくないという気持ちがたいそう強い。

        でも、「な・に・が・な・ん・で・も・気づきたい!!」という気持ちに心が支配されてしまうというのも、ほんまによくわかる。もう、こういう時ってのは、殺されたってやめられないのだ。心で信仰してりゃいいものを、踏み絵がどうしても踏めないのと一緒である。(^^;)

        だから、そういう救いようのない人を救うために(笑)、こういう分野にも先生という存在は必要とされる。

        ただ、私は、そういう悶絶級の苦しい思いをせずにはいられないような人以外にまで、そういう発想や概念(≒その人にとっての架空のサトリ)を与えてしまうようなものについては、いらんことやねんなぁ〜と思えてしようがない。

        …しかし、こんな危惧もまた、わたしの個人的なトラウマに由来することなんだし、こんな私でも救われたことを考えれば、きっと杞憂に終わることだろう。もう心配はするまい。(笑)

        (つづく…)
         先生、師について(探究の終わりについてのつれづれ3)
        追記
        2021/10/07
        追記
        (先の投稿の追記)
        今さら気づいて、少し驚いたこと。 先ほどの記事のように、蝉のアートだけで、生死についてあれこれと考えを巡らせてしまったが、考えてみれば、あれは婦人科系の手術の直後。(もう言ってしまうと、それは子宮なんだけど)子宮こそ、地下での生。蝉で言えば、サナギの状態。

        うむむ……ひょっとしたら、手術によって刺激された子宮から、あのような考察が起こったのかもしれぬと思われ、なんだか畏敬を覚えずにはいられない。 子宮というのは、なんという もちもの だろうか・・・女であることとは、なんという………!
        追記
        地上の生 地下の生
        2021/10/07
        地上の生 地下の生
        2015年11月8日の記事より

        この前の記事で書いたお店では、スジャータ的十夢母茶(!)との出会いのほかにも、もう一つ、特筆すべき素敵な出会いがあった。
        それは、椅子に座った時に目に飛び込んできた蝶と蝉とトンボの3つの小さな絵画。(@私は最初、てっきりエッチング作品だと思っていたのだが、あとから聞くと、実は絵画ではなく写真を転写したものらしい。それにもビックリ)。 その中でも、なぜか蝉に心惹かれた。とても繊細で丁寧な作品で、儚い虫たちの生の一瞬がそこに浮かび上がっていた。

        その作品を作った人は『具本昌(クー・ボン・チャン)』という韓国の写真家さん。カフェのオーナーさんがファンだとのことで、彼の作品集が壁にいくつか立てかけられていた。吸い寄せられるように一冊一冊丁寧に拝読させてもらった。

        それから、改めて、もう一度『蝉』を見た。 なぜか涙が出てきそうになった。(たぶん、日帰り手術の影響でナチュラルロウ(笑)で、沈静的なものに関する感受性が高まっていたのではと思う) 今まで、蝉に関心を持ったことなどなかった。(ボンが生まれてからは、蝉取りしたり、抜け殻を集めたり、樹の根元に蝉の穴を発見してワイワイ言ったり…男の子がいるご家庭のあるある的思い出くらいは一応ありますが) なのに、こみ上げてくるこの想い。涙をうっと堪えながら、また手に包んだ十夢母茶に視線を落とすと、カップの中で深紅の波が揺れ、そして、今、見たばかりの蝉と、彼の写真集にある多くの作品が放っているものが、一つの気づきとしてぶわっと胸に迫った。

        (うまく伝えられるかわからないけれど、書いてみます。)

        彼の写真集を見れば感じるが、その作品の多くは「生と死の間」を感じさせる。 たとえば、彼の父親の今際の際のお顔の写真がある。私も父が他界する瞬間に立ち合うことができたのでよくわかるが、「その」ご尊顔なのである。枯れ木に最後に残った葉っぱ一枚。それがはらりと落ちるのを、あとは待つだけの状態。しんと鎮まり返ったその沈黙。実際は一瞬なのに、永遠を感じさせるその瞬間が、見事に切り取られた一枚。

        ああ、この「蝉」のことだと胸が熱くなった。 蝉が短命なのは、あまりにも知られたことではあるが、サナギから脱皮をした、生まれたばかりのその蝉は、その誕生の時点ですでに死を予感させる。 私は、はっと気づく。実は、私たち「ヒト」も同じではないか!と。

        蝉のつかの間の地上での生は、永い地下での生の神秘に支えられている。地下において、彼らの命が、蝉という形を取るまでの変遷。それは神秘そのもの。土の下で、卵が孵化すること、幼虫がサナギになること、それは地上の蝉からは当然見えない。でも、それ、その神秘は、まちがいなく起こっている。

        私たちの地上の生=母親の胎内に受肉し、苦痛とともに生まれてからの生涯=も、おそらく、私たちが知ることはない生の神秘を経て、表面化するのではないだろうか。地下での神秘が、蝉の生涯を裏付けているように、私たちヒトの「生」も、「死」に裏づけられたものではないか。 現在「死」と呼んでいるものは、実は「生の神秘」の一環で、私には、生命が激しく動き出す前の、生の沈潜の不可思議さを、紅黒いお茶が表しているように見えたのだった。

        「死」の中に、新たな生がうごめいている──。

        そのうごめき、その揺らぎ を、そこに見たような気がしたのだ。 ジュモンモのお茶に浮かぶ薬草の実をながめ、 (ちょうど、この小さな「実≒種」の中には、樹木に「なろうとする」生の神秘が詰まっている)と、私は心でつぶやいて胸がいっぱいになった。

        ああ、伝わっているだろうか…。

        蝉がつかの間の地上の生を、永い地下の生によって叶えるように、ヒトの地上の生も瞬く間で、たぶん「死」の期間の方がずっと永いような気がしてくる。 その永い「死」の期間、目に見えぬ多くの神秘によって、地上の「生」が準備されたのだと考える方が、自然に思える。だれにも証明できない、わかりえないことだけど。

        「死は生の一環」なんていうと、この「生」をないがしろにしてもいいなんて思う人がいるとしたら、それは世にも短絡的な発想。 私たちは、ながーい「死」という形の「生」の下で、ものすごい変遷、変容、脱皮?(笑)を経て、ようやく地上の生に至れるのだと考えると、だからこそ、地上のこの「生」を大切にしたいと思えるのではないか。

        ……ほんと、だれにもわからないことだけど。 まあ、科学者でもないただの主婦に過ぎない者のこの戯れ言の、真か偽かを問うのは野暮でござんしょう?(笑) そう思ってお許しくださいまし。^_^

        ここで改めて言うまでもないのだが、私はただのヘンタイなので、こんなことを平気で書くわけだが、この沈黙する蝉に、生死の儚さと神秘を映し出したクー・ボン・チャンさんは、ほんまにすごいわけで、さらに、そんな芸術的な空間をカフェとして作られたオーナーさんのセンスは感服のひとことであーる。

        そもそも、あの空間自体が、ある意味「胎内」「死」「沈黙」を想起させられる場であって、「夜明け前」のような薄暗さ(ほの明るさ)で、生の神秘を感じさせてくれる、ある種のアミューズメントのようなカフェ と言えるのである。

        おお、この大絶賛。(笑) 本気で体感したい場合は、できれば手術後の精神的に過敏な状態で入店されることをオススメします。……たはは、なんちゃって…(^^;)
        地上の生 地下の生
        なにもない私(探究の終わりについてのつれづれ2)
        2021/10/05
         なにもない私(探究の終わりについてのつれづれ2)
        2015年11月11日の記事から

        このブログは、「気づき」から3ヵ月ほど経った日のある夜、急激に「今の想い」を書いて吐き出してしまいたいという衝動がやってきて始まった。もう「みゅーずが下りてきてる、みゅーずがぁ…」という気分になり(大笑)、もともとタンブラーにアカウントを持っていたので、ここに走り書きしたのがはじまりだ。

        それまでの3ヵ月は、仕事も立て込んでいて、また、私自身、長年の「探究」が突如消えてしまったことによる「失夢」とでもいうべき状態にあり、どこにも行けず、かといって後戻りもできず…というように身動きがまったく取れなかったのであった。
        (失夢については、また、機会があれば書きますね)

        そこに風穴が空いたような気分の変わり目がやってきて、この2ヵ月、ブログをタラタラと書いているのが、私にとってとても好い癒しと慰めになっていたと思う。読んでくださる「あなた」がおられてこそのブログ。本当にありがとうございました。^_^

        それを、今、いったん閉じようとしているのは、きっかけは、この前「アタクシ、ちょっとむき出しすぎ…」と感じたことで、ためらいがやってきて、そこを味わうというか、感じるうちに、ふと、
        「もう、気づいた(と思った)ことからも、縛られたくないなあ〜」と。

        どんな好いと感じたものでも、それを固定化した瞬間から、‘生ゴミ’に見えてしまい……。(^^;)

        もう、ぜんぶ、ぜんぶ…学んだと思ったことも、やっと手に入れたと思ったことも、すべて…。すべてから手を離してみたらどうなるんだろう?という、冒険心のような好奇心のような気持ちがやってきた。
        また、それ以前に、学んだ、そして気づいた と思った「サトリ?」「非二元?」に対する関心が、着実に抜けていっている。
        ただ「フツウ」でありたい。世間一般の「フツウ」ではなく、私の中の「フツウ」。背伸びもせず、卑下もせず、だれでもない、なんでもない、ただの「フツウのわたし」でいたいと、そんな思いが前面に出るようになってきた。

        ちょうど「フツウの女の子になります!」とお別れコンサートで告げたキャンディーズの心境が、ある種近いんじゃないかと思う。(古っ!)

        なので、今は、お別れコンサート。短い期間だったけれど、とても楽しませてもらえたし。「わたしたちは、幸せでしたー!ありがとーー!!」(笑) 

        そんなわけでっ、(^^;)
        今回は『探究つれづれ』その1として、『なにもない私』ということについて書いてみます。

        Mi-keさん、フツウのおばさんになりますっ! 都はるみパート2。(こっちも古っ(^^;))



        20余年の間、七転八倒し続けた探究道だったが、今はそこでの学びすら離れようと思いはじめている私がいる。死ぬほどあがいて、ようやく気づいたものを、どうして手放そうとするのか?ということを、不思議に思う人もいるかもしれない。私自身も、あんなに乞い願ってやっと手に入れた(←言うまでもないが、この表現は喩えだよ)というのに、信じられない。(笑)

        でも、こんなふうにイメージしていただければ、わかってもらえるかもしれない。


        永く、永遠に続くように思っていた「探究道」という道があったとして、その道の終点に差し掛かり、今、また、目の前には、新しい地平が広がっている。
        その道なき道を、まさに歩こうとしている。
        そう、私は、もう、歩くのだ。

        振り返ると、荒野の探究道がある。(笑)
        今さら引き返したいか? 否。断じて。
        前には、道はまだ見えてこないけれど、とにかく前進したい。前進すると決めている。
        前に進むのはわかっているのに、どうして幾度も後ろを振り返る必要があるだろうか?
        探究道は長かったけれど、私には、「もう、過去のこと」なのだ。
        いつまでも、「うしろ」を気にしていては、前に進めない。
        今の私にあるのは、前進することへの興味。
        だから、「うしろの道」への関心自体が失せてきているのだろう。

        もううしろに囚われることはなくなったけれど、新しい道の中で迷うことがあったとしても、たぶん、今までの探究道で培ったであろう「筋力」が助けてもくれるだろう。
        私は、自分の「筋肉」に対する信頼感で前に進もうとしている。
        ああ、これが探究が長く苦しかったことの答えなのだ。

        新しい平原を前にして、すべてを捨てようと思うのは、ある意味、当然だ。
        せっかく、新たな場に立っているのに、古い荷物を持っていては、重くて自由に踊れない。軽くなりたい。
        今まで学んだと思っていた知識は、ここに到ると、良くてお荷物、悪くて贅肉(笑)。重いばかり。
        ここではもう、荷物をぜんぶ降ろして、贅肉をぜんぶ落として、ただの「わたし」が踊る場所。
        おかえり、なにもない、わたし!

        (次回に つづく……)
         なにもない私(探究の終わりについてのつれづれ2)
        ジュモンモの奇跡
        2021/10/04
        ジュモンモの奇跡
        2016年11月7日の日記より

        その日は、ずっと気になっていた婦人科系の処置の日だった。
        久々の婦人科の手術台にちょっとドキドキしたが、ベテランの先生と優しい看護婦さんとお喋りしながら無事終了。

        かんたんな日帰り手術とは言え、麻酔とレーザーメスの入るそれなりに本格的なものだったこともあって、緊張しっぱなしで、終了後も心臓がバクバクしていた。ただ、終わったあとは、五感がよく働いているというか、多少感傷的になっているようで(なんだか思春期みたいねぇ…笑)なんて思いながら、心臓の高鳴りを落ち着けたくて、大好きな韓国茶屋に入った。

        静かで薄暗い洞穴のようなお店。ここに一人で来たのは、たぶん2回目で、いつもは友達とゆっくりと話し込む時に選ぶカフェ。

        (今日は贅沢をしよう)と、なんと一杯千円もする十夢母(ジュモンモ)茶という十種の薬草を煎じたお茶を飲んだ。十夢母という名前に惹かれて選んだのだが、これがこの日の私に大当たり。濃い深紅色はさきほどの処置で失った血を取り戻したように気分にさせてくれた。
        熱々のお茶がたっぷり注がれた大きなカップは少しいびつだが、それがかえって手になじんで、浮かんだ薬草の実が揺れている様子を眺めるために、器がわざといびつに成形されているようにも思えるくらいだった。

        血のような紅色をただただ眺めるだけで癒される心地がする。術後の敏感な心理状態だったから強く感じたのかもしれないが、こんなお茶を飲むのは初めて。

        薬草のほのかな香りが鼻腔に柔らかく入ってきて、エリックサティを彷彿とさせるピアノ曲と、外人カップルの静かな話し声が、どういうわけか和音を伴った一つの曲のようで、それは奇跡的ですらあった。その美しい旋律は、暖かな振動を手のひらに伝え、その中でお茶は紅くさざ波が立つ。

        ……その瞬間だった。「わたし」の気配が消えた。まるでそこの「土壁」になったような、その場に溶け込んでしまったような、お茶に沈み込んだような…。
        五感すべてで体験するお茶は、何もかもが信じられないくらい美しかった。

        静かに興奮していた私は、精算時にスタッフの方に「しつらえもお茶も全部が完璧でした。芸術的でした」と感想を伝えた。「まあ!」と答えてくださったスタッフの方から、韓国を中心としたシルクロードがテーマとして作られたお茶屋さんだと伺う。「本気、ですね」というとにっこりとうなずかれていた。

        ※烏丸三条の『素夢子』というこのお店は、独りか、あるいは沈黙でも気を遣わなくてもいいような気心の知れた方とのお時間にオススメです。ランチの終わった15〜16時くらいが静かでいいですよ。

        1日に10分でも、こんな豊かな時間がお家でも持てたらいいのだけれど……ねえ。^^

        十夢母茶が欲しくて、スタッフの方に聞いたけれど、それは企業秘密ということだったが、店頭で薬草がいくつか販売されていたので「なつめ茶」を購入した。
        ジュモンモの奇跡
        探究の終わりについてのつれづれ1
        2021/10/01
        探究の終わりについてのつれづれ1
        2015年11月5日の記事より

        探究の終わり と聞くと、探究というものに、何らかのゴールを想像するもんだと思う。
        私の場合、確かに「探究」に「終わり」はきた。そこのところを、ちょこっと書いてみたい。

        探究の終わりとは、探究している状態が終わること(当たり前か…(^^;))であり、存在について苦悩と葛藤から開放されること。
        私の場合、それは「本質探究」に対する関心の喪失とも言い替えられる。簡単に書いているが、本質探究が性格の一部を形作っているようにすら感じていた私にとって、これは奇跡のような感覚の変化であったのだった。積年の間、執着して止まなかったものが、興味すらなくなることによる霧が晴れるような開放感が、(私の場合)急に ではなく、じわじわと新しい「個体」を作っていくような感じ。

        まずは「探究」自体がもはや気が狂うくらいに苦痛であって、それをイヤになるほど自覚している状態があったってところから書こう。これは経験したもんやないとわからん重苦しさがある。

        もう、なんでもいいから、こんなしんどいもん手放したいと、かつて、真剣に、切に、身悶えるほどに、願っていた。ヘンな喩えだが、その頃の精神状態は、分娩直前に感じていたことに近い。妊娠中は、健康な子が生まれてくれれば…と、まあ、普通に思っていたわけだが、陣痛が激しくなるにつれて、私は分娩室でこう叫んでいた。「こら赤子ーっ!もう、なんでもええ!なんでもええから、早う出てくれぇ〜!」と。(笑)

        そんな感じ。(なんじゃそりゃ…(^^;))

        まあ、とにかく「なんでもええから、探究よ!この『求め』よ!止まっておくれ!このままでは、ワシは悶え死してしまう。ああ、後生やから〜頼む。お代官さまぁ〜〜!」と、目に見えぬお代官様にすがりつくように日々祈っていたのだった。

        経験していない方から見れば、だれも何も頼んでないのに、アホちゃうか?って話であろう。ほんま、確かに、その通りなんである。(笑) まっこと、どアホ。考えてみれば、自分が想像上で作ったに過ぎない「探究」というハードルを、飛び越えられない〜と泣いているなど気が狂っているではないか。まったく、その時の自分に言ってやりたい。そいつは、お前さんの夢の中にしかおりゃせんぞよと。

        たとえば、美しい運動場に並べられた黄金のハードルを跳んでいる夢を見たとする。夢から覚めたあとも現実の世界で「あれを飛びたい〜!」と泣いて悔しがっている人がいたら、コイツは狂っていると思うにちがいない。アンタは、まさに、それをやっておるんじゃよ、と。(笑)

        なんで、これほどにばかばかしいことが止められなかったか?

        今になると、よくわかるのだけれど、それは、「ゴール」とは「◯◯というもの」というふうに、ゴールのイメージを‘勝手に’決めていたからだ。
        そのイメージは、単に「イメージ」。それ以上のもんはない。つまり「架空」のものである。そのことに気づくと、ゆるゆると何かが解かれ始めるような気がする。

        ちなみに、私はゴールを、「自己の不在の発見」と「(少女時代の)あの愛の神秘をもう一度」と決めていた。(笑)

        ヘタにいっぺん愛を垣間みたせいで、「あれぞゴール。いや、ゴールやなくても、ゴール手前のものだ!」と設定してしまっていた。

        ただし、「あの愛の神秘をもう一度」については、架空の設定に気づくとわりと早い目に見切りを付けられた。

        しかし、「自分の不在の発見」については、どうしても、どうしても、捨てられなかった。それが単に、私が決めた架空のイメージであるというカラクリも見抜いておきながらもなお、どうしても捨てられない。捨てたフリをなんべんも試みたりもした。もう、捨てたのだと思い込もうとした。

        しかし…でも……最終的に自分にウソは付けず、まるで、夢に現われた叶わぬ初恋の相手をいつまでも未練タラタラに想い続けるように「あかん、忘れられへん…」と涙するしかなかった。どんなに強がっていても、もうムリ。「私はアホで、いつまでも夢の中の恋人しか好きになれません。ほんまにどうしようもないヘンタイです」と「負け」を認めるしかなかったのだ。

        負けを認め、絶望して、それから…。…はじめて、心から「もうええわ」と思った。その時、前にも書いように「気づき」がやってきた。ひょいと、気づいた。あっけないくらい「ひょいと」。(笑)

        [1]
        何が言いたいのか。
        「気づき」(←いろんな言い方があるけど…)がゴールなのか?
        否。それは論点ではなーーいっ!

        最初に書いたように、探究の終わりとは、単純に探究している状態が終了すること。
        その状態を終わらせるものは、実はいろいろある。別に、仮のゴールを達成しなくても、「はい、ここで終了〜。ワタクシ、もう止めます」と言ってしまってもいいのだったと、今は思える。探究の終了は、単に「終了」。決して何かの「完了」ではない。「止める」と決めたら、可能である。

        でもでも……それができないのが探究に取り憑かれた状態。(笑) それは、ある種の人情みたいなもん なのかもしれない。

        そういう人の気持ちは、よくわかる。よくわかるどころか、ズブズブに共感できる。(笑)

        だから、ここからは、人情から抜けられないしつこくも優しい人のために、絶望の言葉を書こう。

        (注※探究の終了はいろんな場合があるから、この先は読む必要ははっきり言ってないよ。ある種の人情から抜けられない少数の方だけに向けて書きました^^)

        パターン化できないのが「気づき」の世界だから、矛盾のある言い方になってしまうけど、「よくあるパターン」の一つ、というところで聞いて欲しい。

        ひとことで言えば「懲りた」あるいは「気が済んだ」という気持ちが、探究の終わりをもたらすことが多いのではないだろうか。

        先ほどの例で言えば、架空の初恋の相手を思い続けることに「気が済めば」、

        「ああ、類稀なイケメンであったが、そもそも彼はこの世の人ではなかったのだった…」と我に返るか、あるいはド真剣に絶望することもできるのだ。

        この絶望から、夢の人物を想い続けていることが心底バカバカしい…ということに気づき(つまり想いに懲りて)、そこでやっとこ「もう、や〜めた!」と言うことができる。

        思うに、こういう人は多いのではないか。
        どうしても光明を得たいと、あちこちの門を叩き、賢人、先人の話を聞きまくり、座禅とか、瞑想とか、さまざまにワークをし、レクチャーできるくらい詳しくなり、けっこうなお金を遣って、うっかりするとそのせいで恋人や家族とも不和になったり、仕事もうまくまわらなくなったりもして、それでも、いつかすべては救われるんやないかと歳月を掛けて、またあちこち門を叩き………散々繰り返して、ある時、自分がその旅にめっちゃ疲れていることに気づく。…そして、「もう、お腹いっぱい!」とネをあげる。「懲りる」。

        ……その時こそが福音。ながーいながーい探究が終わる日。

        探究に心底飽きて、心底懲りて、心底気が済んで、ようやく手を離すことを覚える。

        考えてみれば、そういうものは多い。
        アル中の人がお酒をやめるきっかけは、死ぬかもしれないくらい身体がボロボロになって苦しい思いをすることで、お酒に懲りるから。
        あるいは、女にだらしない男性は、刺し違えかねないようなドロドロの愛憎劇に疲れ果てて、多少はまともになったりもするように。(笑)

        なので、いやだいやだ言いながら止められないものがあるとすれば、実のところ、まだ心底懲りてはいない。(私も含めて)多くの人はそう簡単には変われない。たぶん「死ぬかもしれない」くらい追いつめられないことには。

             †

        でも、もう、これからの人は、こんなことを考えんでもええんやないかと、私は今、思いはじめている。

        もう、追いつめられなくてもいい。

        もう「悟り」を探究のゴールに据えなくてもいい。ただ単に探究を「止める」だけ。

        それでいい。もう、そのままのあなたを「認める」。そこからはじめてもいい。

        なぜなら、今だから言えるが、

        『(葛藤を捨てて)心穏やかに過ごす』


        地上生活、はっきり言って、これがゴールだと思っていいから。(キッパリ!)
        だから、(ある意味)ほんとにそう決めれば、今すぐ叶う。

        そして、あなたは、おそらく、その後にじわじわと気づくだろう。
        穏やかに過ごす中で、「だれ」が穏やかに過ごしているのだろう…ということについて。
        そして、おそらく、次いで、気づく。
        自分の不在なぞ、知っても知らなくても十分で、知っても知らなくてもいいってことを。

        だから、まちがっても、ゴールを「自己の不在を知ること」なんて決めぬことである。(笑)

        なんとなくの勘なんだが、これからの人類(大げさ?(笑))は、今までと全く逆のパターンで、目指しもせず、求めもせずとも、静かに気づいている人が多発するのではないかと感じる。

        ただ、そういう人は目立たない。だから、多発していても、あまり気づかないままだろう。なぜなら、気づきをあたりまえのこととして自然に受け入れているから。声高に語ることは、彼にとってはほとんど意味がないこと。だれも「ワシの腹にはヘソが付いてるぞー!」とは叫ばんように。(笑)

        それに、これこそが今の私の本心だけど、気づき≒認識の変換などなくても、それ以上に大事なこと──穏やかに過ごすこと──がちゃんと適っていれば、もう、それでオッケーなのだ。

        「気づいたから探究が終わる」っちゅう因果の中から導かれるのではなく、

        「探究を(自ら)終了させて、のち、自然に気づく」方が、ずいぶんラクでスマートでいいなあと思う。

        気づいていなくても、探究を終える。とにかくその手を離すこと。ラクになること。

        もちろん、どっちでもいいし、どっちかでなくてもいいけれど。

        探究が終わった状態というのは、最初に書いたように、存在に関する葛藤がなくなった穏やかな状態であって、それは「探究」の苦しみを捨てたところにある。なので、そもそも最初からゴールを決めずに、何も知らずに穏やかに過ごしているのであるなら、それは「あたかも探究が終わったような」精神状態なのだから、もうそれで十分ではあーりましぇんか!と思うのだ。

        そうこうしていれば、きっと、気づくときには気づく。多くを望まなくても。何も聞かされていなくても。

        またその逆で、本質探究が楽しくてしかたがないという人がいるとしたら、もちろんそれを終わらせようなんて発想にはならないだろうし、その必要もない
        楽しいこと、興味のあること、好きなことは、どんどん追究すべしだと、私は思っている。

        ついでに言うと、今の私は、できるだけ、「気づき」の状態については、人に話したくないと考えている。第一、伝え切れる力量がないし、それ以前に、もう関心自体が薄い。(笑)

        じゃあ、今、アンタは誰のために何を書いているかと問われれば、一般的な探究者を対象にしているのではない。あくまでも、かつての私のように、「開放したいのに、できない」ともがき苦しんでいる一握りの気の毒な民(笑)のみを対象にしたものなので、一般向きではありませんよーん。はい。

        ひょっとしたら該当者は少ないかもしれませんが(^^;)、こんなへっぽこブログでも、ほんのちょっとの助けになることができれば、本当にうれしいです。

        (とりあえず、本日はここまで^^ ほんま「つれづれ」し過ぎで、起承転結まるでナシですみません。勢いだけで綴っておりますが、何かが伝わればいいな〜)
        探究の終わりについてのつれづれ1
        その子の夢
        2021/09/30
        その子の夢
        2015年7月13日の日記より 
         
        この世界だけに生きることが
        どんなにラクで素敵かをわかっても
        前の世界の余韻が抜けるには、ちょっと猶予があるみたいで
        前の世界にいるあの子が「かつてあったこと」のように
        扱ってもらいたがっているみたい。

        たぶん「忘れちゃいやだ」と、だだをこねているだけだから
        「忘れないよ」といったん抱きしめて
        抱きしめたまま、この世界にいっしょに跳んでみる。

        目を開けると、腕の中のその子は、消えてしまっていて
        この世界は、抱きしめたまま持ち込めるものは
        一つもないのだとわかり

        でも、どこかに落としてきたかもしれないと
        すこし罪悪感にかられ、あたりを探す。

        夢の中だけに存在していたその子は
        心配しなくても、どこにもいない。

        なんと最初から、どこにもいなかった!

        ただ 夢を見ていただけ。
        その子の夢を見ていただけ。
        その子の夢
        まったき共有から
        2021/09/28
        まったき共有から
        2015年7月6日の日記より

        私には、画像のカラスらに「思考」なるものがあるのかわかりません。ひょっとしたら、その都度の「反応」のみなのかもしれませんね。
        とは言っても、カラスは百年生きるらしいし、たぶんプランクトンよりは、なにがしかの「知性」は働いているでしょうから、思考の萌芽のようなものは、あるような気はします。
        彼らは、同じ方向を見ている。
        視野が同じところに向いていることによる、何らかの共有があります。「何らか」というのは、たとえば「あの樹の幹に虫がいるぞ」「ああ、本当だ。獲物だ」などというような、二羽にしかわからないテレパシックな会話をしているというより、同じ空間に完全にあることで生まれる共有──まったき共有とでもいうようなもの。

        彼らは、相手との間に「違い」というものを自覚しているのでしょうか?
        自分の見ているものが、相手の見ているものなのか、自分のものなのか、曖昧なのでは?
        …というより、カラスの世界にそもそも「自分のもの」という概念が存在するのでしょうか。
        概念が無ければ、「自分」と「それ以外」という人間が前提としている世界と、彼らの見ている世界はちがうものであると推測できます。

        ちょっと面白い実験。
        写真のどちらかのカラスになったとして、そこに同化してみましょう。
        いかなる概念も持たないし、鏡もないから「自分」というのも、知らないこととして。

        隣に映っている別のカラスは、「即、オレ」という感覚。
        背景の青空も「即、オレ」。
        いや、「オレ」なんて、はじめから思っていないかもしれないから、そうなれば、ただの「……即」。
        回顧、回想する何かがなければ、世界は、今、そこで展開している「…即」しかない。

        それが、世界。世界のすべて。
        まったき共有から
        移ろいの美
        2021/09/27
        移ろいの美
        2015年6月30日の日記より

        紫陽花の美しさは、雨の日に最も映えることと、色の変化(へんげ)。
        ゆるやかに移ろう色から、移り気という花言葉を持つ紫陽花。

        移り気というと軽薄なイメージがあるけれど、紫陽花の色の移ろいは花の老化の過程だそう。
        老化現象を、色の移ろいとして見せてくれるなんて、自然はなんと粋なことでしょう。

        人間も自然現象の一つと考えると、人のとりわけ女性の老化も移ろいの美と考えたくなります。
        目に映る色が七色に変わったとしても、変わらない何か が、本来のそれ。
        ※写真:藤森神社の「あじさい祭」にて。
        移ろいの美
        世界の終わりは世界のはじまり
        2021/09/26
        世界の終わりは世界のはじまり
        2015年6月22日の日記より

        これは、昨日の夕方のわが家の2階からの景色。

        (…街中なので電線だらけだけど、お寺の屋根が見えるところが、かろうじて京都っぽいかしらん。)


        何を撮ろうとしたのかと言えば、実はこの時、大雨。
        なのに、西の空には夕陽が出ている。

        スマホなので、うまく雨粒が撮影できなかったけれど、日食のような幻想的な空模様でした。



        スティーブン・キングの世界というか、世界の終わりのような景色に見えるのは、たぶん街中だから。


        この景色から、電柱を外して、お寺の屋根を外して、山を外して、雲と夕陽だけを残した画像を、心の中に浮かべてみてください。
        すると、なんと、『地球の黎明』と呼びたくなるような光景が浮かんでくるではあーりませんかっ?(笑)



        世界の終わりと世界のはじまりは、実はとても似ている。
        終わりははじまり。

        そして、ちょっと見える。



        空は、最初から最後まで何も変わらず、電柱も、お寺の屋根も、山も、ただ浮かび上がっているだけだということが。





        世界の終わりは世界のはじまり
        名前になる前の
        2021/09/25
        名前になる前の
        2015年6月16日の日記より 
         
        私の想像の中にしか世界はなく
        つまりすぐになくなる夢で
        本当の世界は 今 目の前で展開されている
        このこれしかない

        そこに名前はなく
        名前をつけたとたん 過去に変わり
        名前になるまえの むき出しの
        この なんかこれ が
        ここと ただひとつになっている 

        ふるえのような 愛 のような
        名前になる前の
        2021/09/16
        ノンデュアリティ──このカテゴリーで綴っていくことに、この5、6年くらい、意味不明の抵抗があったのだけど、今になって、このテーマが書きたくなり、改めてはじめることにした。

        と、その前に、2015年のとある日、このカテゴリーで少しだけ綴っていたことがあるので、それを先に、控えておくことにします。

        だいたい、10日間くらいは、過去記事の移行になるかしら?

         ではでは、お楽しみくださいませ。

         ↓ ↓
         
         
        2015年6月14日の日記より

        ●視点の転換 

        この世時間で2015年6月10日のこと、私の中で、たいへん静かに天と地がひっくり返りました。 
          
        天地がひっくり返るなどと書くと、非常に大げさですね。 
        だから、ここは「たいへん静かに」というところに重きを置くことにしましょう。 
         
         
        この時の、静かな変換を、私は『視点の転換』と地味に呼ぶことにしました。 
         
        いや、別に名づける必要なんてないのですが、ちょっと記念として名称を付けたくなりました。あくまでも記念として。(笑) 
         
         
        この時に、ははーん!と腑に落ちたことは、ある筋では、近ごろ『非二元』とか『non-duality』と呼ばれているものにも近いかもしれません。
         
         
        ただ、どのような言葉であっても、それに対するイメージがそれぞれに含まれていますので、個人がイメージする何かを想像させてしまうでしょう。
        それは想像するという精神活動とはちょっと違うものですので、こちらでは、できるだけシンプルに『視点の転換』と呼ぶことにしておきましょう。    
         
         
        まあ、この言葉も、何かの加減でメジャーになってしまえば、もう使う言葉がありません。 
        そうなれば、もはや『これ』としか言えない。(笑)

        これ のことを、誤解のないように伝えるのは至難の業です。 
        また、それを伝えようと心を尽くしている人々もたくさんいるようですから、私のヘタな言葉で混乱させるのは本意ではありません。 
        ですから、その時、綴ったメモを、ここに貼ります。 
        それが、今の私が伝えられる、いちばんの工夫かもしれません。
        ↓ 

        ぜんぶが夢だった。

        消えた。

        こわー。 
        なんやったんやろ?

        あまりにあっけない。 
        気づいたら、さっと消えて、
        夢の私は「ちょっと待てぃ!」とその幻想に叫ぶ。 
        なんだ、このNobady!(笑) 
        夢の中にしか生き続けられなかった私。

        ああ!何にもなくって、これがあるだけ。やん。 



        (笑)のマークまで、そのまんまです…いえ、実は、手元のメモには、ほとんど全部に笑マークを入れてあります。それくらい、脱力気味に笑ってしまったのでした。